ママ人財とは

柔軟な働き方の中で
生活と仕事を両立したい女性と地元で人財を開拓したい企業をつなぐ
お手伝いをするサービスです。

きっかけ

今から20年前、私は核家族で子育をしながら専業主婦をしていました。子育てに生き甲斐を感じつつも閉塞感に耐え切れず「私も社会に出たい。働きたい。生き甲斐がほしい」と湧き上がる気持ちを抑えられなくなったことを覚えています。

人は生まれながらにして「自己実現したい気持ち」を持っていて、それに正直であることが人が幸せになるための条件の一つだと思います。「自己実現」が叶って自分が幸せ感を感じることで、はじめて心の底から人を思いやる気持ちが生まれ、それが他者を幸せにするものだと思うからです。

しかし女性は子育てや家業など誰かをサポートする役割を担うことが多い生き物です。自分のことはさておき、誰か身近な人を支えるために生きている方がたくさんいらっしゃいます。もちろん家業であろうと子育てであろうとそれは非常に大切なことであることになんら疑いの余地はありません!

ところで、昔は今よりももっと女性が家にいることを社会は求めていました。そのため多くの女性は「自己実現したい」気持ちを抑えていたのではと思います。抑える…というより気づいていなかったというほうが正確かもしれません。女は「一歩下がって…」とか「陰で支える」内助の功を期待され、それ以外の気持ちは無いものだと思い、あっても「特別な人」「個性的な人」で片付けられることが多かったのではと思います。

しかし男女の別なく生を受けた一個の個人として考えた場合、本能として生まれ持った「自己実現したいという欲求」をかなえられない環境に置かれるとしたら、それは「人」としてとてもつらいことだと思います。「本能」は健康であるかぎり誰の心にも自然と生まれる「衣食住」の欲求と同等のものだからです。

さて、このご時世、働かなくては食べてはいけません。「女性の活躍」という輝かしいキャッチフレーズのもと、女性の社会進出も歓迎されています。

そのように時代も背中を押す中、もし生きがいが「身近な人を支える」ことだけでなく「自分を発揮して社会に役立ちたい」という気持ちを感じてしまったらやはり社会にでるべきなのだと思います。

でもそれが例えば核家族など、環境が整わないにもかかわらず共働きをして女性だけに家事育児が偏ってしまうとしたら…。地域社会の繋がりも薄まっている昨今、お母さん業は昔より厳しい状況に置かれてしまうと思います。お母さんは疲れ果て体力気力とも限界、疲労困憊は心のゆとりを奪います。子供はそんなお母さんを見て悲しくなり「自分が悪いのかなぁ~」そんな勘違いをしてしまうかもしれません。そのようなことが現代の子育ての諸問題の一因になりうるとしたら大変心配なことです。

そんなことから「無理なく両方ができること」は非常に大切ではないかと単純に考えました。そう、誰でも考えていることを!

このような雑駁な考えを、あるきっかけで掘り起こしていただきこのサービスはできました。子育て期の「社会がこうなればいいのになぁ~」という気持ちを思い起こし形にしたのです。